多分人生で一番首を縦に振ったかも知れないと、リテラは思った。
ルザエルはこの、ソルフゲイルの不穏な動きがあると言うニーアーライルの言葉をそのまま受け入れる様だった。
元老院の他のメンバーも同様で、この後ナタリアの報告がある事を一瞬忘れてしまったかの様な空気が漂った。
それ位、ニーアーライルの行動は重要でかつ、諜報の精度が優れていると言う事になる。
あの疾風の技を使える者がこの蒼壁の大陸の中で3人しかおらず、かつソルフゲイルにこの技を知る者も使える者も居ない点が、ルキソミュフィアの諜報の精度を格段に上げていると言っても過言では無いだろう。
リテラはこの、一瞬にして空気感の変わった室内に留まっている事にかなりの重圧を感じたが、その重圧もこの言葉でかなり吹き飛んだ気がした。
「ナタリア・デルべラント参上しました。」
凛と響く澄んだ声が、元老院会議室に漂っていた重い空気を一瞬消した様な気がした。
黒竜族特有の黒く光る髪とエルフの様に尖った耳の上にある3本ずつの両角が、ナタリアがかつて空を舞う竜だった事を表している。
守衛が開けたドアを通ると真っすぐに、元老院メンバーと副首領が座る会議テーブルの前に立った。
この時リテラは、ナタリアは自分の存在に気付いていない様だと感じていた。
それ位、ナタリアにはビリビリと空気を振動させる程の緊張感を纏っていたのだ。
ナタリアは、元老院メンバーを目の前にすると唐突に言い放った。
「参上が遅れた事は申し訳ありませんが、直ちにこの会を撤収して即刻軍備を立て直して頂きたい!」
元老院メンバーは、リテラの思い出した様なあの、ソルフゲイルに不穏な動きがある~的な言葉を既に耳にしていたため、ナタリアの言葉で焦りの色を見せる事は無かったが、
「ソルフゲイルが攻め込んでくるのだろう?既に承知の上じゃ。軍備の増強及び、各隊の人員補強の通達も既に済んでおる。」
と、ヨキサ・ククメシュが答えた事に、ナタリアは意外だと言う表情を隠せなかった。
そもそも基本的にルキソミュフィアと言う国は、率先して戦に関わらない様にひっそりと国を動かしてきた経緯があるのだが、ルキソミュフィア北部の限定された地域にあってかつ、不可侵領域として制定し各国とも協定が結ばれている世界樹の利権を巡っては、近年度々騒動や小競り合いが起きていた。
「そもそもソルフゲイル戦役は、不可侵領域にソルフゲイル軍が無断で進攻しようとした事に反発した我らが、ソルフゲイル軍を牽制した事が発端で開戦した戦争だった。」
ルザエルが、苦虫を噛み潰したような表情を滲ませながら話し始めた。
「不可侵領域協定は、今から130年前に制定された協定だが、昨年の春まではこの協定はどこの国にも破られる事無く守られてきたのだがね。」
眉間に深いシワを寄せながら言葉を続ける。
「昨年の春にソルフゲイルの王が交代しただろう?その時から安寧の平和は崩れ、協定が制定される以前の様な、血で血を洗う時代に逆戻りしたのだ。」
そうだ。
最初の衝突は、昨年の秋に起きた。
氷風の谷モクトに侵入者があったのだ。
侵入者は黒竜に乗って空から飛来して来たため、すぐにソルフゲイル軍だと断定され、モクトの警備魔導士により捕らえられたのだった。
その時の飛来理由が胡散臭くて、単に飛行訓練をしていたら、たまたまルキソミュフィアの不可侵領域に来てしまった~云々とか言う理由だった事から、すぐさまソルフゲイルに抗議文書を送りつけた・・・と言う事があった。
こんな子供騙しの様な理由が、他国に無断で侵入した理由な筈が無いのだ。
この日より、ソルフゲイルから不可侵領域への進攻が始まり、先のソルフゲイル戦役に至った事になる。
「なら、一刻も早く、行動に移してください。でないと、ルキソミュフィアとしての存続が危ぶまれます!」
ナタリアが、今度は必死な様相で元老院に忠告した。
先程までの、冷静沈着な雰囲気は全くと言っていいほど消え失せていた。
「そんなに・・・・ルキソは危ないの?」
リテラはやっと口を挟むことに成功した。
ナタリアの緊張感にほころびが見えたからだ。
「リテラ・・・・本当に・・・?」
ナタリアはリテラの声のする方向に、初めて視線を落とした。
「うん、私だよ。久しぶり。ナタリアにまた会えて嬉しいよ。」
「わ、私も・・・・・。」
リテラが頭の上にある耳をボリボリかきながら照れ笑いするのとは反対に、ナタリアの眼からは大粒の涙がこぼれた。
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「わわ!ナタリア!!」
リテラが慌ててポケットから少し薄汚れたハンカチを出すと、迷うことなくハンカチを受け取り、顔に押し当てた。
そして二人は、お互いの存在を確かめ合う様に抱き合った。
「私・・・・リテラの隊は全滅したって聞いていたから・・・もう・・・リテラには二度と会えないんだって・・・・・。」
「大丈夫、うっかり何だか助かったんだよ。街道沿いでソルフゲイルにちょっと捕まったけど、隙を見て逃げ出して来たんだよ。」
言いながら、リテラはナタリアの頭を撫でた。
ナタリアはリテラより少し身長が低いので、ナタリアの頭を撫でるのにはちょうど良かった。
「ほら、副首領達にまだ言う事あるんだよね?ソルフゲイルの事はニーアーライルからもチラっと聞いてるけど、何でそんなに早くまた攻めて来るのか?の理由はまだ、私にもサッパリ分からないんだ。」
リテラがナタリアの決意を促す様に言葉をかけると、ナタリアはコクリと頷き、
「ありがとうリテラ。何だか結構勇気が出たわ。」
と言って、最後の涙を拭った。
「本当に早急に国境沿いの街道前に集結してください!。現在ソルフゲイル軍は、ルキソから南方800シルト(シルト=km)に迫ってきています!たった今、私がこの目でニーアーライルと共に確認してきた事実です!」
バン!!と言う、机を叩く音が会議室内に響いた。
(ええっ?)
リテラは、もしかしたら今まで参上するのが遅れていた理由は、ニーアーライルとソルフゲイル軍侵攻がどれくらい進んでいるのか確認するためだったのか?と察した。
あの、ニーアーライルが別れ際に疾風の術で移動した先にナタリアが待っていたと考えられた。
「800シルトじゃあと1日もあれば到達してしまいますわ!」
サラーサ・リゲルの声が響く。
「氷風の谷は、不可侵領域周辺の警備を増強させて頂きますぞ!」
セイデン・アルディエラも声を荒げている。
もはや、元老院としてまとまった意見を述べられるような状態ではなかったが、副首領だけが冷静にこの状況を分析していた。
「そうか・・・・我々は嵌められたんだな。」
「副首領、それはどう言う・・・・」
理由か?とリテラが聞く間も無く、
「ソルフゲイル戦役自体が、この進攻を極秘裏に進める囮だったのだ!!」
と、狂気に満ちた表情で答えた。
続く
ニーアーライルとナタリア初期設定画。
<10話>
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