【短編小説】後編
怒りの矛先
この村では、水神を祭る事で水神からかなりの恩恵を受けていたらしいと、周辺の村や町では羨ましがられていた様だった。
村の異変を解明するべく周辺での聞き込みをしていた娘は、ある村の長からある事実を知った。
それは、村が水神の恩恵を受け続けるために、とある犠牲を毎年払っていたと言うのだ。
その犠牲とは生贄だった。
水神に、毎年指定された子供を生贄に捧げていたのだ。
村には水神の声を聞くことができる神官の一族が居たのだが、ある時神官が病に倒れ亡くなってしまった。
そのため、その年は生贄を捧げることなくを行う事となったらしい。
しかし、それまで生贄を捧げなければ受けられないと思っていた恩恵がそれ以降も続いたので、以降村では生贄を捧げる事は無くなった様だ・・・・
と、娘は聞いた。
娘は、何かが引っ掛かる様な感覚を覚えた。
それまで、ずっと生贄を要求していたのに突然生贄を捧げなくても良くなった背景は一体何なのか?と。
もしかしたら神官が亡くなった事が生贄の必要性を無くしたのだろうか?
それとも、神官の死が生贄の代わりになったのだろうか?
とにかく、神官の死が、村の運命を左右したかもしれないと思った。
生贄の話を聞いた村の長の話では、かつて神官が住んでいた家が、滅んでしまったあの村の外れにある雑木林の中にあると言う話も聞くことが出来た。
その昔、神官は一つの村だけではなく近隣の村の祭事も手掛けていた様で、それで神官の家の場所を知っていたのだと言う。
娘は一礼すると、その神官の家だと言う場所まで急いだ。
神官の家だと言う場所はすぐに見つかった。
かつては雑木林だったのかもしれない枯れ木の立ち並ぶ一角に、小さな家があった。
家の中は荒れ放題になっているかと思っていたが、入ってみると不思議な事に、つい最近まで誰かが住んでいたかの様な清潔感があった。
いや、本当に誰かが住んでいるような空気が漂っていた。
もしかしたら神官の一族の生き残りがいるのかもしれないと、しばらく家の中で待機してみたが、一向に誰も戻ってくる気配がなかった。
娘はいつしか、疲労の末に土間の囲炉裏の前で眠ってしまった。
帰郷してからずっと、殆ど寝る間も惜しんで謎の解明をするべく四方の村や町へ駆けずり回っていたのだ。
当然、それ相応の疲労が蓄積していてもおかしくは無かった。
眠りに落ちながら、娘は誰かの記憶の中を漂っている様な感覚を覚えた。
どうも、それは神官の記憶の様だった。
神官は、今年の生贄を誰にするのかの神託を聞きに山の祠に入っていた。
その次の場面で祠の前で神の声を聞いた神官は、獣の様な雄たけびを上げて地面に付している姿が見えた。
どうやら、この年の生贄に指定されたのが神官の娘だったらしかった。
神官の家族は唯一その娘ただ一人だけだったので、娘を生贄に指定されると言う事は身を引き裂かれるよりもつらい事だったのだ。
神官は乱心して、持っていた護身用の剣でご神体を割った。
ご神体の水鏡はみるみるうちに真っ黒な、割れたただの硝子の様になった。
その数日後、神官が謎の病に倒れた。
病の進行は早く、町に薬を買いに行った使いの者が戻るのを待たずに息を引き取ったと言う。
多分この神官の死が、生贄の代わりになると同時に、村に災厄がかかるきっかけになっていると娘は思いながらその光景を見ていた。
見ていた?
と言う事は、この記憶は神官の物ではない。
神官ではない誰かの記憶の海で、娘は別の悪意の存在を感じ始めていた。
真実
首筋がざわざわと、うごめく生き物の様な感触が襲って来る様な感覚に襲われたような気がして、娘は飛び起きた。
しかし、周囲には何も居なかったので気の所為か?とも思ったが、神官の家の奥の部屋からは何者かの気配がするのを感じた。
その気配の正体を確かめようと娘は懐に忍ばせた護身用の刀に手をかけながら、何者かの気配のする部屋に向かった。
部屋には戸が閉められていたのだが、中では何者かが居る気配が漂っていた。
娘は、戸を開けるかどうか悩んだが、ここで怯んで開けるのを止めたら何も進まない様な気がして、戸に手をかけた。
戸は、ゴゴゴと言う重い音を立てて開き、何者かが待つ部屋への道が開かれた。
「待ちくたびれたぞ?」
ふいに、娘の背後から女性の声がした。
戸を開けて入ったが、部屋に居たと思われる人物は一瞬にして娘の背後に回り込んでいた。
娘は懐刀を握ったまま、振り向かずに答えた。
「はて、一体誰をお待ちになっていたのでしょう?私は初対面だと思いますが」
と言うと、
「いと悲しや、あの時お主をこの村に連れてきた妾(わらわ)を忘れたとはのぅ」
と言って、今度は娘の前に立ちはだかった。
本当だ。
あの時私を村に手を引いて連れてきた女がそこに居た。
女の姿はあの時から~約10年前と何ら変わりのない姿をしていたので、多分、妖(あやかし)かそれと同様の類だろうと言う事が推察された。
「お前は、何者だ?」
娘が問うと、
「お前は、妾だ」
と、意外な答えが返ってきた。
私が、お前?
娘は混乱した。
それは一体どういう意味だ?
頭の中で自問自答していると、女が話しかけてきた。
「そうか、お主あの頃はまだ小さな童だったよのぅ、記憶が曖昧でもおかしくない。」
娘の顔を覗き込みながら、更に続けた。
「昔、お主が命を落とした時、妾が半身を分け与えたのじゃ、以降お主はお主の意思とは関係無く村の守護者たる存在になったわけだが、ある日お主とその家族が村を出て行ってしまってからのぅ、村があまり安定しなくなったものだから、妾が連れ戻しに行ったのよ」
そう言って、今度は部屋の天井を仰ぎ見た。
「使い魔を放ってお主の家族を混乱させた後、お主を連れ戻したのじゃ」
言いながら、微笑んだ。
「何せお主は妾の半身だからのぅ、お主と妾の二人が同時に村に存在しなければ、この村は一夜にして滅んでしまう事になるのじゃ」
今度は、涙を拭う様な素振りを見せながら話した。
娘は、女の話を聞きながら、自分の体が実はもう人間ではないモノになっていた事にようやく気が付いた。
あの時、木から落ちて死んだあと、水神の魂を半分分け与えられていたのだ。
その所為で力が半減した水神は、私が居ないと本来の力を発揮する事が出来なくなった。
そして半年前、私が不意に村を出奔したのが原因で、村が滅んだ。
「そうじゃ、やはりお主は聡明じゃの。お主の所為でこの村は滅んだのじゃ」
女は、娘の思考を読んで、そう答えた。
娘が、一座の情報を求めて旅立った直後から、村は滅びの道を進む選択肢しか残されていなかったのだ。
「でも、半分しか無くても、何とか救う方法があったのではないか?何故、見殺しにした?」
娘は、憤りを感じた勢いのまま、女を問い詰めた。
女は、
「何を言って居る?あの村の住人は、あの時から全員妾の贄になったからのぅ、生かすも殺すも妾の意思ひとつじゃ」
と言って、笑った。
あの時から?
あの時・・・・
もしかして私が生き返った、あの時か?
確かにあの時、何の供物も無く私が生き返ったのは、神との取引きでの等価交換に値しない。
あの時、私が生き返った時に捧げられた事になっていたのは、村人の命だったと言う事になる。
「でも、その後も村人は生き続け、ほんの半年前まで何も変わらない生活を送っていたのは何故だ?生贄なら、その時に命を奪っておけばよかっただろう?」
娘は、声を荒げながら女に問いかけた。
女は、
「もちろん、その時にすべての住人の命を奪ったぞ。ただ村人が全員死んだままでは、村としての機能が存続しないからのぅ、絶妙に命を繋いでおいたのじゃ」
と言って笑った。
今度は、面白い事を体験した後の様な高笑いをしていた。
つまり、水神は神でも何でもなくて、人の命を弄ぶ悪鬼だったのだ。
悪鬼の魂を分け与えられた娘は、悪鬼の力を半分担っている事になる。
娘は、もしかしたら自分も、将来的に悪鬼に成り下がるのか?と言う恐怖感が募った。
「お前の正体は何だ?」
娘は、悲しみと怒りの狭間で問いかけた。
「妾は・・・・・」
女は何かを言いかけながら、空気に溶ける様に霧散した。
娘の目の前から消えた。
ただ、気配はあった。
強い気配は外から感じられたので、娘は急いで家の外に出た。
外には、死んだはずの村人が、亡者となって家の前に押し寄せてきていた。
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悪鬼
神官が死んでからも生贄を捧げなくても村が存続していた理由は、既に村人自体が生贄として捧げられた後だった事になる。
すると、神官の娘を生贄にすると言う要求は、本来あって無いような水神の余興だったとも言えよう。
いや、そもそもいつからこの水神は悪鬼になっていたのか?
それとも元から悪鬼だったのか?
分からない。
ただ、今は亡者となった村人から離れて、あの女を追求しなければ!と娘は思った。
神官の家のそばに繋いでおいた馬が亡者に攻撃されていた。
娘は、懐刀を振りかざしながら亡者を追い払い、馬を駆った。
亡者の体を薙ぎ払うと、まるで元々土で出来ていた人形だったかの様に崩れて、足元の地面と同化して行った。
村人の体は、あの時・・・娘が死んだ約10年前からもう、人形と同じになっていたのだった。
娘は、村人が意図的に生かされていた背景にあるのは、自分が大人になって悪鬼の半身ではなく新しい依り代として使えるようになるまでの世話係の様な存在として残していたのでは?と思った。
まだこの成人していない身体では、あの悪鬼の本体を全て受け止められない可能性があったからだ。
馬を走らせて数刻、娘は村の中心部に着いた。
そこには、本性を現した水神・・・・いや竜の姿をした悪鬼の姿があった。
「妾はのぅ、人の生死を自由に操る事が出来るのでな、こんな村を何とかするのも別段苦労は無かったのよ。ただ、長らく人に縛り付けられていた時代があったお蔭で、少々力が減ってきた頃にお主が現れたのじゃ」
言いながら、娘の上空を舞う。
更に、
「じゃからの、お主の生死はあまり問題では無かったのじゃが、たまたまお主が死んだのでな、あの機会に妾の新しい依り代として生を与えたのじゃ」
と続けながら、娘の身体に近づいてきた。
娘は、それを振り払おうとしたが、今度は振り払う事が出来なかった。
悪鬼の依り代としての完成が近づいていたのだ。
「やはり、親しい者の死が人の心と体の成長には必要でな、お主の依り代としての器の完成と力の増幅に、村人の死が必要だったのは至極当然の流れだった。」
娘は、渾身の力を振り絞って、竜の姿の悪鬼を振りほどこうとするも、なかなかそこから脱出する事が出来なかった。
いつしか、馬に乗っていたはずの体は中空まで持ち上げられ、このまま落ちたら自分の身も危ういと言う状況になっていた。
ただ、落ちたとしてもこの身を依り代として使いたい悪鬼は、身体を確実に守るだろう?とも思った。
悪鬼は、娘を自分の顔の方に近づけながら恍惚とした表情を浮かべていた。
このままでは、娘は悪鬼の依り代に落ち着く事になりそうだった。
このまま、第二の人生を悪鬼として生きて行くのだろう。
でも、もし悪鬼の身体全部が自分の体に入っても、自分の自我を保ち続ける事が出来たら、私は悪鬼を止める事ができるだろうか?と言う疑問も過ぎった
自分が悪鬼の本体ごと乗っ取る事が出来れば、この悲劇をまたどこか別の村や町で繰り返さなくても良くなるかもしれない。
と、思いながら、娘は抵抗し続けた。
「無駄じゃ無駄じゃ、もうお主の体は妾のモノになるのじゃ」
悪鬼の声がすぐ耳元で聞こえた。
ああ、私はこのまま身体を乗っ取られてしまうのか?
と、思いながら天を仰ぐと、夕闇に浮かぶ三日月が見えた。
その昔、まだ旅の一座に居た頃に寝物語で母が聞かせてくれた物語があった。
天の月には役割があって、満月は人の生を司り、新月は人の死を司る。
三日月はその間の狭間を司っていて、死者があの世に還る道標を示すのだと聞いた事があった。
もしかしてこの悪鬼は、亡者となった村人の魂を糧に今も活動をしているのならば、村人の魂を天に還せば動きを封じる事が出来るかも知れないと、娘は思った。
今や自分も、悪鬼の半身として同じ力が使える確率が高いと考えていた。
悪鬼は先ほど、こんな事を言ってはいなかったか?
「人の生死を自由に操る事が出来る」
あれは多分、自分が命を奪ったものに対しての生死を自由にする事が出来ると言う意味で、本来の生死を操れるわけではない。
ならば、操られている人を解放して天に還してしまえば、悪鬼の力は半減する可能性があると娘は気付いた。
娘はある策を講じるため、好機を待った。
狭間
娘の体は徐々に悪鬼の身体の中に取り込まれて行った。
竜の身体が徐々に蛇の様になり、娘の身体全体的に巻き付いて行った。
娘はもう抵抗を止めていたので、悪鬼は娘が観念して自分の中に取り込まれる事を受け入れたと思い込んでいた。
「そうじゃ、お主は本当に聡明だのぅ。妾の新しい身体として、これからは妾の一部として生き続けるのじゃ」
悪鬼は更に恍惚とした表情を浮かべて高笑いした。
娘の身体はその時、悪鬼の身体の胸元に入り込もうとしていた。
ふと、悪鬼が苦しんだ。
喉元を押さえる様な仕草をすると、この世が滅ぶのかと思える位に絶叫した。
喉元には、娘がいつも手をかけていた懐刀が刺さっていた。
懐刀は悪鬼の喉元に刺さり、どす黒い血の様なものを噴出させていた。
悪鬼から噴き出すどす黒い血が地面に落ちると、何故かそこからは磨かれた水晶の様な光がポツポツと浮き上がって来た。
そう、これが悪鬼に長年取り込まれて封じられていた村人たちの魂なのだ。
娘は、半年間の出稼ぎ期間の間に色々な話を聞いていた。
魔物に攻め滅ぼされた街の話や、その昔悪鬼を退治した侍の話。
それらはまるでお伽話のように心に留まっていたが、今その話の内容が娘の戦力の一部になっていた。
悪鬼の力を削ぐには、まずは喉元から胸元にかけて刃を突き立てることが重要だと、多くの物語に確実に書かれているのだ。
それを思い出しながら、娘は刀を突き立てたのだ。
「娘ぇぇええぇええ・・・・!!」
悪鬼は中空でのたうち回って苦しんだ。
娘は、苦しんで取り込む速度と身体を締め付ける力が弱まった機を見て、地面に向かって飛び降りた。
降りた所はちょうど草地になっていたお蔭で娘は大きな怪我をせずに済んだが、こんな所に草地があっただろうか?と思い周囲を見渡すと、光に包まれて立ち尽くす村人たちの姿があった。
村人の足元には草が茂り、乾いていたはずの大地が徐々に潤って行くのが分かった。
ああ・・・
そうだったのか。
この村は、水源が豊かだったんじゃない。
水源だと思い込まされていたのだ。
雨乞いも生贄も、全て悪鬼を肥やすための悪鬼が仕組んだものだったのだ。
この村が豊かに見えたのは全て、悪鬼の作り出した幻影だったのだ。
村人の魂に触れ、娘は天の三日月を指示した。
皆、ありがとう。
そして、ごめんなさい。
私がこの村の悪夢を今、全て終わらせるから!
そう言って、娘は三日月に向かって祈りをささげた。
村人の魂は、人の形を解いて光の塊になり、三日月の光を辿って天に還って行く。
その光景は、真に美しい神龍の姿を形作っていた。
終焉
のたうち苦しんでいる悪鬼は、地面に流れた自分の血から解放された村人の魂が天に還って行くのを見て、更に怒り狂った。
娘を取り込むのではなく、喰らって血肉にする選択肢を選ぶことにしたのだ。
「おのれぇぇぇええ~!!恩を仇で返すとは!!正にこの事じゃのぅぉおお~!?」
地面に新しく芽吹いた草地の上で祈る娘に向かって、悪鬼は喰らい付こうとしていた。
しかし、何故か悪鬼は娘に近づくことが出来なかった。
娘は、天に還る村人の魂が作り出した神龍の光に庇護されていたのだ。
三日月に向かって昇る龍の加護を受けた娘は、もはや悪鬼の半身ではなくなっていたのだ。
悪鬼は、一瞬でそれに気付いて、娘の数歩先で急停止したのだった。
娘は、そんな悪鬼を見ながら、手を悪鬼にかざした。
悪鬼の身体の一部に手が触れると、その部分から悪鬼は瓦解して行く。
「やめろぉおおーー!!止めろ止めろぉおおーー!!」
悪鬼は瓦解した部分をかばいながら逃げようとするも、何故か地面に縫い付けられたかのようにその場から動けなくなっていた。
「お主ぃぃいい!!一体何をした!!?」
半狂乱になる悪鬼に娘は、
「いえ、何も。ただ、お前から出た血がお前に還ろうとしているだけだと思いますが?」
と言って、地面の方を指さした。
さっき娘が懐刀を突きさし噴出させたあのどす黒い血が、今度は悪鬼に戻ろう?と地面から悪鬼の身体をよじ登っていたのだ。
それがまるで、黒い鎖で悪鬼を縛り付けている様な、そんな状態になっていた。
悪鬼は、自分の血で地面に縛り付けられているのを見て娘に、
「お主、妾に命を救われた身の上だと言う事を忘れたわけではあるまいな?今こそその恩を返すときじゃろう?妾を助け、この楔から解き放って給う?」
こう、懇願した。
娘は、
「良いでしょう、私もお前に少なからず恩を感じています。あの時救ってもらわなかったら私の今は存在していなかったのですから。なので、お前を解き放ってやりましょう。ただし、私の手がお前に触れて鎖を剥がしている間に、この世に留まって居続けられるのであればね」
と言って、悪鬼に触れた。
悪鬼はみるみるうち瓦解して、地面の土と同化する。
「や、やっぱり止めろ!止めろ止めてくれ!!もう妾に触らないでくれぇえええぇぇ・・・・」
悪鬼の声がどんどん小さくなっていき、最後は三日月の光の下で藻屑となって消えた。
光はそれを見届けると、三日月の中にすべて吸い込まれて消えて行った。
空にはまるで微笑む口元の様な三日月が、新緑を取り戻した大地を照らしていた。
<終わり>
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